けんわたなーべのプロフィール

 

 

ざっくりプロフィール

  • 1991年に愛知県豊橋市にて生まれる。
  • 大学卒業後の3年間でアジア7ヶ国を訪れる。
  • 新卒で入社した会社を4ヶ月で退職。
  • カンボジアで少しだけ生活する。
  • 2度目の上京を果たし、複業家として活動することを決意。
  • ディズニー大好き

 

中学時代〜高校時代

中学・高校と地元である豊橋の学校に進学しました。

僕はどこにでもいる普通の学生でした

突出していたとすれば毎年ディズニーに行ってました。

中学2年の時には友達10人引き連れてディズニーに行きましたw

夜行バスの同意書を親に何度も書いてもらっていたのは良い思い出です。

高校ではアルバイトが部活動というような生活をしていました。

接客の仕事にハマって、高校生ながらも接客のあり方についてもの凄く考えていました。

学校の成績もそれなりにあったので指定校推薦を頂き

名古屋の名城大学経営学部経営学科に進学。

 

大学時代

勉強よりも部活大好きという生活でした

1〜3年は軽音楽部の活動に没頭していました。

憧れだったバンドを組み、ライブハウスで初めてライブをしたときの感動は今でも覚えています。

就活では当初、ホテルマンを目指して就活をしていましたが第一希望の企業の選考に落ちてから無気力に。

自分の将来について、深く考えておらず、地元で就職することにしました。

大学生までは特に大きな苦労もせずに生きてきて、その日暮らしで生きていました。

 

社会人時代

ここから大学までのレールに敷かれた人生が一気に崩れます笑

僕は卒業旅行でインドネシアに行き、漠然と海外に憧れを抱くようになりました。

そして就職活動時に自己分析を怠っていた自分に気づき、モヤモヤを抱えたまま入社をしました。

真剣に仕事に取り組んではいましたが、モヤモヤが晴れることがありませんでした。

悩んだ結果、就職活動をやり直そうと決意。新卒で入社した会社を4ヶ月で退職しました。

その後はアルバイトをしながら転職活動をしました。

新卒で入社した会社を4ヶ月で退職したという傷は深く、書類選考は全く通らず、選考でもうまく話せずと

苦しい日々が続きました。

1年後、未経験からのエンジニアという枠で第2新卒して採用が決まり、上京することになりました。

ここで初めて生まれ育った愛知県を離れることになります。

 

東京時代

 

慣れない環境、初めて地元を離れて暮らすことに戸惑いながらも、仕事に生活にとがむしゃらにしていました。

仕事ではVBAのシステム効率化にハマりまくってひたすらExcelをいじっていました笑

業務の効率化のツールを任せてもらっていて、仕事は充実していました。

ただ、海外への憧れは捨てきれませんでした。

会社の部署移動が少ない、海外で働きたく入社した人がなかなか実現できず転職をしたという話を聞いたりして、焦りをかんじてしまっていました。

そこで、自分に今からできることは何かを考えながら、仕事外での行動を増やしていくことにしました。

仕事をしながらも、プライベートで色々な人にあったり、ボランティアをしたり、海外旅行に行ったりと、行動範囲を広げていました。

そこで、ご縁がありアジアへの転職支援をしている方とお会いすることができました。

お話を聞いて、自分の想いもお話し、何社か面接を受けることになりました。

2社ほど面接を受けたところ、カンボジアの企業から内定を頂くことができました。

悩みに悩みましたが、チャンスは逃したくない、思い切って飛び込んでみようと思い、カンボジア渡航を決意しました。

 

カンボジア生活

 

念願叶って僕は2017年2月からカンボジアへ渡航しました。

仕事は人材紹介会社での営業。

カンボジアの人々に仕事を紹介することで、支援という形ではなくカンボジア人の成長するきっかけを作ることができる。

「仕事を通じて、多くの人々に貢献するぞ!」と大きく意気込んでいました。

ただ、現実は甘くはありませんでした。

英語力も日常会話レベルで、営業スキルも0であった僕は、結果を全く出すことができませんでした。

入社初月から高い成果を求められる環境で、結果の出せない日々が続きました。

営業先を広げようにも、英語力が足りず顧客を広げることもできず、何をしても空回りする状況が続きました。

 

3ヶ月で挫折

 

僕はカンボジアで入社した会社を試用期間で退職することになりました。

あれだけ意気込んでいた海外生活を、僕は3ヶ月で挫折してしまいました。

「カンボジア人の3倍の給料をもらっているのに、カンボジア人より成果が出せていない」

この言葉に必要以上に自分を追い込んでしまいました。

カンボジアの人々に貢献する為に来たのに、今の僕では何もできない。

その現実が重くのしかかり、憧れと勢いだけで走ってきたことを痛感しました。

もう一度、言語の通用する日本でいちからやり直そう。

そう決断し、帰国することを決意しました。

 

2度目の無職、そして転職活動

カンボジアから帰国してから、改めて転職活動をしました。

地元で転職しようか、再び東京へ行こうか、本気で迷いました。

自分の中でも、自信を喪失してしまった部分があり、地元から離れるのが怖いと思ってしまっている部分がありました。

「また失敗するのが怖い」

という気持ちが強く残っていたのは覚えています。

しかし、東京で尊敬する方とお会いし相談したところ、

 

「頑張りたい時に地元にいたら甘えちゃうよ。」

 

とアドバイスをもらいました。

その時にあることを思いました。

 

地元はいつでも帰れる場所だと。

 

20代半ばになって、これが最後の挑戦になる。

今地元を選んだら、僕はもう地元を離れることはないだろう。

そう感じました。

まだ、諦めたくない。

もう少しだけ、自分の可能性を追いたい。

そう決意した僕は、もう一度上京することを決意しました。

 

再び東京へ

 

東京に行くことを決意した僕はスカウトを頂いたスタートアップIT企業に入社しました。

これまで行ってきたテクニカルサポートの業務を行いながら、空いた時間にWEB制作の学習をしています。

そして生活は人生初のシェアハウスですw

初めてのことばかりですが、必ず経験として誰かの役に立てると信じて、やっていこうと思います。

 

転職支援を始める

 

並行してキャリアアドバイザーとして活動することになりました。

都内の求人を中心に様々な業種のお仕事を紹介しています。

僕自身がキャリアについて悩み苦しんだからこそ、

同じように苦しんでいる方の力になりたいと思い始めました。

 

今後

かなーーーーーりキャリアをフラフラしてしまった僕ですが変わらない気持ちは1つだけあります。

 

「雇われず、自分の力で大事な人たちを幸せにしたい」

 

です。

 

その為に、20代は挑戦し続けようと思います。

このブログも、僕にとって新たな挑戦です!

というわけで、渡辺 健太郎をよろしくお願いします!