けんわたのプロフィール

けんわたのプロフィールです。

けんわたについてざっくり紹介

  • 愛知県豊橋市出身の26歳。
  • 豊橋→東京→カンボジアで生活し、現在は再び東京に暮らす。
  • 付き合って2ヶ月で婚約、半年で結婚。
  • 歌好き
  • 旅好き
  • スイーツ男子(特にアイスが大好き)
  • ディズニーオタク(詳しくはディズニー専用プロフィールへ

現在行っていること

2018年春よりフリーライターとして活動。同年11月カメラマンとしても本格的に活動開始。

カメラマンとライターの2軸で活動しています。

生い立ち

けんわたの生い立ちです。

幼少期

6人家族、4人兄弟の長男として生まれる。

面白いことを言って人を笑わせるのが好きな、わりと活発な子供だった。

バイトに明け暮れた高校生

高校時代はとにかくバイト。

理由はもちろん、ディズニーに行くため笑

もう一つの理由は接客のバイトをしていろんな人に会うのが楽しかったのと、飲食の仕事が楽しかったから。

ディズニーに通うついでに、東京にも何度か遊びに行ったことで、漠然と都会への憧れを抱くようになる。

音楽活動に明け暮れた大学生

大学時代は軽音楽部に入部し、勉強<部活という生活を送る。

高校までまともに部活をしてこなかった為、後輩ができたり、イベントをみんなで作ったりと言った経験がなく活動全てが新鮮だった。

部活を通し始めてライブステージに立ち、作詞・作曲も経験する。

引退後は新たに始めたバイトにどっぷり浸かる日々。勉強をした記憶がない。

まともに自分と向き合っていなかった就職活動

自分の将来を深く考えたことなく、全てを平均的にこなしていた僕はやりたいことがわからなかった。

就活で第一志望の企業に落ちてから、自暴自棄に陥る。

接客ならなんでもいいや→地元のスーパーという謎の方針で就職先を決める。

人生初の東南アジアに漠然とインスピレーションを受ける

卒業旅行で当時付き合っていた彼女とバリ島に行った。

僕は元々東南アジア=怖いという偏見があり、バリ島に行ったのも彼女が行きたいと言ったからだった。

最大の警戒心をもって訪れたバリ島は僕の海外へのイメージを変えた。

・日本の常識が通用しない

・暖かい人々

・貧しいながらも、賢明に生きている人たち

自分の見ていた世界はこんなにも小さかったのかと痛感。

同時に、学生時代にもっと海外に行きたかったと後悔するように。

もっとアジアの人の生活が豊かになってほしいし、貢献できることがしたい!

社会人になる直前に、僕は壮大な夢見がちをするようになる。

新卒4ヶ月で退職

海外への憧れをもった僕は、暇な時間さえあれば海外のことを調べていた。

もっと海外へ行ってみたい、海外と関わって仕事をしたい。そのような気持ちが目の前の地元密着型のスーパーでの仕事との間にギャップを生む。

生まれたギャップによってモチベーションの下がっていた僕には、スーパーマッケット業界で働く気力がなかった。

・12時間以上の労働

・駒として働けという指令

・現場を理解しきれていない本部側とのすれ違い

適応力のある人や我慢強い人であれば耐えれたことなのかもしれない。

ただ僕はこの環境に耐えることができなかった。

今からでも遅くない、海外と関われる仕事に転職するぞ!

と中二病全開となった僕は転職活動を開始。

世界共通=ITっしょっていう漠然過ぎる理由でMacbook購入。ITについて調べるようになる。

1年ほどの転職活動を経て(落ちまくった)東京のIT系の派遣会社へ転職。

ここで22年間慣れ親しんだ愛知県から出ることになった。

1回目の東京生活

上京後も、僕の目標は海外で働くことだった。

選んだ会社も海外展開を積極的に行うというのが入社の決め手だった。

会社内で海外事業へのチャンスを探りながら、いつでも海外にいけるようになる方法を模索していた。

その結果、数多くのMLMから勧誘されることになった。

転職をしても海外への憧れは抑えきれず、モヤモヤした日々が続いていた。

そして次の転機が会社の休暇を使ってタイ・ラオスへ行ったとき。再び東南アジアへの憧れが高まり、情報を集めるように。

そこでご縁があり、カンボジアの日系企業の面接を受けることに。

ダメ元で受けた面接が受かり無事採用が決まる。

憧れていたアジア就職が想像以上に早く実現してしまうことに戸惑いながらも、飛び込んでみようと決心し、カンボジアへの渡航を決意。

1年3ヶ月で2社目を退職しカンボジアへ渡る。

海外転職、そして挫折

期待と不安が混じりながら、僕はカンボジアへ足を踏み入れた。

カンボジアはタイやベトナムに比べまだまだ発展途上で、貧困の差も大きいのが現状。カンボジアを選んだのは仕事を通してカンボジアの発展に貢献したいという気持ちがあったから。

カンボジアで頑張って行こう。多くの人に貢献して影響力をつけていこう。

だげど、現実は甘くなかった

僕は人材紹介の営業として採用されたけど営業経験はない。そして英語力は日常会話程度だった。

入社した会社はカンボジア人20人と日本人が社長を含めて3人。

当然社長が求めるレベルも高かった。営業のノルマは僕以外の2人と同じ金額。

自分にできることは全て行った。カンボジア中の日系企業を調べ、テレアポをした。日系企業だけではノルマが達成できず、外資系企業へのアポを試みるも現状の英語力では通用しなかった。

毎日社長に詰められ続け、たった3ヶ月で僕の心はズタボロになっていました。

そして自分にとどめが刺さった社長の一言がこちらでした。

「君はカンボジア人の3倍の給料をもらっているのにカンボジア人よりも遥かに成果を出せていない」

社長は僕を奮い立たせる為に放った人だったのかもしれない。ただ、カンボジアの発展の為にという目標を掲げていた僕にはこの言葉があまりにも重すぎた。

僕がビジネスでカンボジアに来るにはまだ未熟すぎた

家族に救われ、日本に戻ることを決意

何をしてても涙が止まらず、叫びたい衝動にかられたりとかなーりヤバい状態になっていた僕は、思わず母に泣きながら電話した。

すると母はこういいました。

「行った期間とかじゃなくて、行ったことが大事じゃん。失敗したって帰れる場所はある。限界まで頑張ったなら、もう一回帰ってやりなおせばいいんだよ。」

父も、「堂々と帰ってこい。」

と言ってくれました。

2人とも僕がカンボジアに行くことは心配で内心は反対していただけに、この言葉がとても温かく、更に涙が溢れました。

もう一度、日本でやり直そう。

そう決めた僕は、日本へ帰国することにしました。

2度目の上京

帰国した僕は、就活系のSNS上でIT企業からスカウトをもらっていて、そのまま再就職することに。

まずはもう一度東京に出たかった。家族は大好きだけど、甘えてしまう。

もう一度東京にでて、自分の生き方を模索していこうと決めた。

前回1人暮らしをしていたときの生活用品は譲ってしまったこと、上京するための資金はほとんどなかったことから初期費用のかからないシェアハウスを調べ周り、目黒のシェアハウスに住むことを決めた。

初期費用は10万以下で済んだ。

ブログを始めた

東京に出てからは仕事以外にも様々なことに挑戦した。

そのうちのひとつがブログ。もともと考えるのが好きな性格だったことから、文章を書くという考えをアウトプットできることがとても楽しく、コツコツと書いていた。

その結果、そのブログを見てくれた方からメディアのライティングの依頼を頂けるようになった。

書くことが楽しくなる

2017年12月。副業ライターとして最初の仕事がスタートした。ノルマは12月中に30記事の提出。

記事のボリュームはだいたい2500~3000字ほど。副業として行うにはかなりのボリュームだった。

12月はメディア記事に集中するため自分のブログは一度ストップし、ひたすら記事を書いていった。

仕事が終わればそのままマクドナルドへ直行し5時間以上こもって記事を書き続けた。予定がない土日は1日まるまる使い、予定のある日は空いた時間を見つけてはひたすら記事の執筆を続けた。

ただこれは僕にとって苦ではなかった。むしろ楽しい。自分で考え、言葉を紡いでいくのが、文章を書くのがとても楽しかった。

そして無事に30記事提出することができた。検索結果も全体的に上がってきている。

会社ではなく、自分個人の力で仕事を行えたことがとてもうれしかった。

書くことを仕事にし、場所に縛られない働き方がしたい

僕は書くことが好きだということを忘れていた。小学生のころ、「とうだい」という年に1度その年で一番印象に残った出来事を作文にするというイベントがあった。僕はそれが好きで毎年毎年楽しみにしていた。

書くということに真剣になるまで忘れていた。

書くことを仕事にしたい。どんな場所でも仕事ができるようになりたい。

何度も失敗した夢見がち野郎の、新たな目標です。

このブログを通して伝えたいこと

僕は全ての人が夢を持っていると考えています。ただ、それを周りの目を気にして押さえ込んでしまったり、実際に誰かに無理だと言われ、張りつめられた「常識」というものにとらわれてしまっている・・・。

実際僕自身がそうでした。それ故に自分のやりたいことがわからず、様々な失敗もしてきました。

このブログを通して、自分自身の夢を発信していくと共に、それぞれが持つ夢を応援して行きたい!と考えています。

僕は絶対に人の夢を否定しません。全力を励まします。

けんわたにできること

ライティング

SEOを意識した記事を書くことができます。自分がユーザだったらどのような気持ちで、そのワードで検索するか?

ということを意識しながら記事を書いています。

写真撮影

使用しているカメラはNikonD850です。明るく、華やかな印象を持つ写真を撮ることができます。

作風はポートフォリオに載せています。

飲食店手伝い

飲食店のアルバイト経験が6年以上あります。小規模のレストランであればオーダー、お酒の作成、テーブルへの料理提供、バッシングなどは一通り行うことができます。

今日だけ人足りてない、誰か、あひー!ってときはぜひご依頼ください。

歌う

急にカラオケに行きたいけど誘う人がいない、、、という時にいつでも付き合います。

僕は基本的にヒトカラするくらいカラオケと歌うことが好きです。お気軽にお誘いください。

最後に

最後までプロフィールを見てくれてありがとうございました!

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よろしくお願いします!